大阪・道頓堀にある大阪松竹座が、2026年5月をもって閉館となります。
今回は、その「大阪松竹座さよなら公演」として行われた、坂東玉三郎「大阪松竹座名残の華」を観に行ってきました。
公演は2026年2月13日・14日に行われ、好評のため2月12日に追加公演も設けられました。
私は満員御礼千秋楽にでかけました
坂東玉三郎 大阪松竹座名残の華
なかなか気軽に行ける公演ではありませんが、大阪松竹座での最後の特別な舞台だと思うと、どうしても観ておきたくなりました。一般発売で何とかチケットを取って出かけたのですが、劇場は本当に多くのお客さんで埋まっていて、久しぶりに大阪松竹座の満員の客席を見た気がします。今回の公演は、「御名残口上」、舞踊 「由縁の月」、そして 「残月」 の三部構成でした。
御名残口上
最初の御名残口上では、坂東玉三郎さんご自身が手がけられた衣裳のお披露目と、ご挨拶がありました。玉三郎さんは、自らの衣裳を制作されることでも知られていますが、その衣裳はただ美しいというだけではなく、まさに工芸作品のような存在感がありました。今回私は比較的前の方の席だったので、刺繍や生地の重なりまでかなり近くで見ることができたのですが、細部まで本当に見事でした。
けれども、やはり一番驚いたのは、その衣裳をまとって歩かれる玉三郎さんご自身の美しさです。姿勢がすっと伸びていて、胸を張って歩かれる姿が本当に美しい。衣裳そのものももちろん素晴らしいのですが、やはり舞台の上で、人がまとって初めて完成するのだと感じました。展示されているだけでも十分美しいのだと思いますが、役としてそこに立ったときにこそ、衣裳に魂が入るのだろうと思います。
口上の中では、歌舞伎に対する思いや、これからの劇場文化に対する危機感のようなものも伝わってきました。大阪松竹座は、長く道頓堀で演劇や歌舞伎を上演してきた劇場です。閉館後も大阪での歌舞伎などの興行は別の劇場やホールで継続される予定とされていますが、やはり「道頓堀に常設の歌舞伎の舞台がなくなる」ということの重みは大きいと思います。大阪松竹座は、松竹の公式サイトでも103年の歴史を持つ劇場と紹介されており、その節目にこうした舞台が行われたことの意味をしみじみ感じました。
舞踊
続く舞踊の「由縁の月」、「残月」は、どちらも短い時間の作品でした
配布資料に舞踊の解説が記載されていました
玉三郎さんが記載されたものと思います
記念になると思い転記いたします
由縁の月
宝暦年間(一七五一~六四年)にはすでに成立していたと考えられる鶴山勾当作曲の地
瞑舞です。作詞者は不明ですが、「夕霧伊左衛門」に取材した作品と言われています。夕霧は、
京都の島原から大坂新町へ移った場屋・扇屋の抱えの遊女で、全盛を謳われながらも二十七歳の若さでこの世を去りました。その儚い生涯を悼み、数々の歌舞伎狂言が生み出されました。その最初が、夕霧の死の翌月に上演された『夕霧名残の正月』です。またこの曲の題名は、その歌詞の中にある(すむは由縁の月の影・・・」に拠るものといわれています。
内容は、思いもよらぬ男に身請けをされた遊女が、それまで苦界と思っていた廓を離れることで、愛しい恋人に会うことが出来なくなってしまう悲しさを、水に映る月影に寄せて託つというもの。
由縁の男性を懐かしく思う女性の寂しさと憂いの中にある、艶やかな色気とそこはかとない華やかな趣きを、美しい旋律とともにご堪能ください
残月
天明(一七八一~一七八九年)・寛政(一七八九〜一八〇一年)期に、大坂で活動した峰崎
勾当が作曲した作品です。峰崎勾当は、自由で変化のある曲風が特徴で、比較的短いものが多い端唄を多数作曲し、名曲「雪」を手掛けました。
その一方で手事物の名曲も多く「残月」もその一つです。手事が長大なものとなり、転調がエ夫され、三味線の技巧が複雑になりました。
へ磯辺の松に葉隠れて沖の方へと入る月の
光や夢の世を早う
覚めて真加の明けらけき
月の都に住むやらん
この曲は、峰崎勾当の門下の息女が天折したのを偲んで作られた代表的な追善曲です。見え隠れする月の情景と、短く生涯を終えた女性の命の儚さを静かに表現する玉三郎の珠玉の地唄
舞をご堪能ください
感想
今回強く感じたのは、劇場そのものが持つ空気の大切さでした。大阪・道頓堀は今やインバウンドで大変賑わっていて、商業的な価値で見れば、別の用途の方が採算が取りやすいのかもしれません。それでも、歌舞伎や演劇が上演されてきた場所がなくなることには、やはり寂しさがあります。今、映画『国宝』などをきっかけに舞台芸術への関心が広がっている時期でもあり、なおさら「こういう場が残ってほしい」と思いました。大阪松竹座の閉館後も、公演文化そのものが別の場所で丁寧に引き継がれていってほしいです。
今回の舞台は、坂東玉三郎さんの美しさを改めて感じる時間であると同時に、大阪松竹座という劇場の存在の大きさをしみじみ考える時間にもなりました。閉館してしまうのは本当に残念ですが、こうして最後の時期に舞台を観ることができてよかったです。これから先、大阪で歌舞伎や演劇がどのように続いていくのか、引き続き見ていきたいと思います。
以上、ご参考になればうれしいです。
それでは。
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