京都芸術劇場 春秋座で開催された「春秋座―能と狂言」に出かけてきました。
ここ何年か、毎年のように楽しみにしている公演です。
同じ舞台で狂言と能の両方を観ることができ、しかも毎回解説もあるので、初心者の私でも入りやすいのがありがたいところ。
写真はほとんどないのですが、感想を記録します
春秋座―能と狂言
今年は寒波が来ると言われていて雪も心配していたのですが、幸い大きな影響もなく、無事に到着することができました。
公演は2026年2月7日、京都芸術劇場 春秋座で行われ、演目は狂言「孫聟」、能「屋島」でした。
解説
演目の前には、今年も解説の時間がありました。
今回のゲストは、片山九郎右衛門さん。ご自身で演じる立場からのお話なので、単なる事前説明にとどまらず、舞台の見どころや人物の背景まで立体的に伝わってきました。
解説の場でも姿勢がすっと美しく、所作そのものに見入ってしまいました。
能はまだ観劇経験が多くないので、こうして導入を丁寧にしてもらえると、本編への入り方がずいぶん違うと改めて感じます。
孫聟
解説に続いては狂言「孫聟」。
この作品は野村万作さんが祖父、孫聟を野村裕基さんが演じる配役でした。実際に祖父と孫の関係で、それを思いながら演目を見るというのも伝統芸能の楽しみ方だと思いました。
祖父が孫娘の婿を気に入らず、何とか追い返そうとする筋立てなのですが、その“意地の張り方”がどこか可愛らしく、思わず笑ってしまう場面が続きます。
年配の人にありがちな同じ話の繰り返しや、頑固さのようなものがコミカルに描かれているのですが、嫌な感じにならないのは、やはり野村万作さんの演技の力だと思いました。ただ笑わせるだけではなく、本当に祖父が孫を思っている気持ちや、婿に対する複雑な心持ちまで伝わってきて、そこがとても面白かったです。
屋島
休憩をはさんで能「屋島」。
シテは観世淳夫さん、ワキは宝生常三さん、アイは野村萬斎さんという、とても豪華な顔ぶれでした。
今回の「屋島」は、小書(特殊演出)なしで上演され、春秋座のような能楽堂ではない劇場空間でどのように演じられるのかも、ひとつの見どころだったようです。
私は能の舞台を多く観ているわけではないので、細かな型の違いまではまだよくわかりませんが、花道を通して演者が現れる春秋座ならではの見え方は、とても新鮮でした。
「屋島」は、源平合戦の地として名高い屋島を舞台に、源義経の霊が現れる作品です。解説で観世さんが、義経がもっとも華やかに活躍した場に心が残っているようにも思える、と話しておられたのが印象的でした。たしかにそう考えると、ただ亡霊が現れるというだけではなく、義経の未練や執心がより身近に感じられます。公演パンフレットでも、義経の「安執」が現世に戻ってくること、そして前半の景清の話から後半の義経へと視点が移る構成がこの作品の核として紹介されていましたが、実際の舞台でもその流れがよく見えて面白かったです。
大太鼓の音
今回の舞台でとくに印象に残ったのは、大鼓・亀井広忠さんの音でした。鋭く切り込むような音から、やわらかく余韻の残る音まで、本当にさまざまに鳴り分けられていて、舞台全体の緊張感をつくっていたように思います。
私の席はかなり前方で、舞台全体を俯瞰するのは難しかったのですが、そのぶん音や細かな所作に意識が向きました。能はつい“難しいもの”と思ってしまいがちですが、こうして自分なりに注目するところを見つけると、少しずつ楽しみ方が増えていく気がします。
感想
毎年土曜日開催なので、なかなか都合が合わないと来られない公演ではありますが、今年も観ることができてよかったです。狂言の親しみやすさと、能の緊張感。その両方をひとつの舞台で味わえる春秋座の企画は、やはり特別だと思います。
今回をきっかけに、また能楽堂での公演にも足を運んでみたいと思いました。来年もまた都合が合えば、ぜひ出かけたいです。
〇最近完結したお能を扱った漫画。全巻持ってます。これを読んでから、舞台を見に行きました
以上、ご参考になればうれしいです。
それでは。
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